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憂え呟く錦。どんなに東を愛していても、己は西で生まれ育った后妃なのだと言う事。暖かい受け入れは、本当に有り難く言葉にも出来ないもの。錦は、一刀の手を両手で包む様に取る。
「私、今回の事で反省したからさ……一刀も、一人で抱えないで欲しいんだ」
「何……?」
錦の口から出た静かな声に、一刀は問い返した。徐に顔を上げた錦は、何とも美しく優しい表情。そして。
「私は東の者では無いけど、一刀が育った此の国が今はとても大切だ……だから、私も此の国の為に命を懸けられる」
静かに、けれど強い決意を見せる声、瞳。
「錦……」
錦のそんな雰囲気に、一刀は先の言葉が出てこない程に心が囚われた。何と、美しく気高い表情なのだと。黙り込んだ一刀の様子に、錦は照れ臭くて苦笑いを見せると軽く己の頭を掻く仕草で誤魔化す。
「とは言っても、公務にでしゃばるなんて事はしないよ。東の民達が一番信頼しているのは一刀だもの……でもさ、一刀が辛い時はちゃんと私にもお手伝いをさせて欲しいんだ。そう言う事」
今迄の生き方からも、錦では到底一刀の力になれる事等殆ど無いだろう。此の不安定な情勢の中、況してや異国よりの后妃が政治に介入する等、一刀が最も危惧する事態を招き兼ねない。己の立ち位置が難しいのだと錦は分かっている。其れでも、一刀が悩み心沈ませる事があるのなら寄り添い、守りたい。其れ位は、許して欲しいのだと。
「そうか……ならば、お前は俺より後に死なねばならぬぞ」
一刀が微笑み、口にした言葉に錦は一瞬目を丸くした。が、表情は直ぐ不快そうに眉を寄せていく。
「嫌だよ、そんなの。一刀が先なんて……私が先に逝って待ってる」
物申す錦へ、一刀は腕組みしつつ不敵に笑った。
「良いのか?お前を失えば、其の後の俺等役立たずとなるやも知れぬぞ?本気で民を守りたいのならば、長生きせよ。久遠の子が無事育つ迄、俺が『帝』として生きられる様にな。お前の責務だ」
そんな事を。理不尽ではあるが、大きな愛情を示した言葉に錦は耳迄が熱くなる気がしていた。
「い、一刀は何時も、何か狡いぞ!」
「とても繊細だからな。俺は」
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