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そう言いつつ、まだ何か言いたげに動いた錦の唇を塞いだ一刀。軽く触れ、直ぐに離れたが、錦はもう何も言えない。
「さて、久遠の元へ向かわねばならぬ。お前は、良い子にしていろ」
固まっている錦の頭を軽く撫で、一刀は部屋を後にしたのだった。
着替えを済ませた一刀は、東宮へと向かった。出迎えた久遠と極僅かな側近。周囲へ気を配りつつ、部屋へと通された一刀は其の上へと腰を下ろした。
「葵殿の御様子は?」
久遠が、静かに頭を一度下げる。
「は。まだ少々気を張っている様で……」
葵は明日の披露宴に備え、私室にて休んでいるとの事。一刀は軽い息を吐く。
「そうか……無理も無かろう。錦との接触も、そう容易く許せぬでな」
此処で一刀はふと、錦を迎えた時は其の様な事を案じてはやれなかったと思った。あの日の錦は一人、何方を向いても東の者ばかり。押し潰されそうな不安と、恐怖があったろう。あの夜、己に殺されるかも知れぬと迄覚悟して。
「帝?」
声に我に返った一刀を、久遠は不思議そうに見詰めていた。一刀は、誤魔化す様に咳払いを一つ。
「済まぬ、少し考え事だ。西の護衛だが、錦とは立場も異なる、時雨殿よりは早く西へ返さねばならぬ……後任の選出は、お前に任せる」
「承知致しました」
再び、頭を下げる様に頷き答える久遠へ、一刀は、切り出さねばならない話をと口を開く。
「西での一件より、他の反応はどうだ。纏まったか?」
此の一件に雅は、葵と久遠の婚姻が無事成立する迄、確かな判断を下せなかった。雅も又、東よりの訴状が如何なるものとなるのか固唾を飲んでいたのだ。一番大きな被害を被った久遠の意見が大きく左右する。神妙に、頭を下げる久遠。
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