遠退いた春。

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「姫は、お前にかなり執心だぞ。以前外交でお会いした際に、お前の事を訊ねられたからな……知る事は答えておいた」  続いた一刀の言葉に久遠は、少々眉を潜めた。知る事とは何処迄、と。此の二人、以前は帝位争い迄した間柄だ。互いに其の微妙な距離感を保つ為、相手の事を探り合った。知らねば隙を作るからだ。其の名残か、最近迄接点はそう多く無かったと言うのに、恐らく他以上に互いについて詳しいという矛盾。以前、錦より一刀は何を好むのか等と相談された事があったのだが、其の際に細かく助言した己を、錦は訝しんだ様子であった程。 「怪訝に思われませなんだか?」 「あぁ、随分詳しいと……西の帝も何やら疑念を抱いている様だったが……何だと言うのか」  其の時の雰囲気を思い出したのだろう、腕組みし少々不機嫌そうな表情を浮かべた一刀へ、久遠も錦の反応を思い出し苦笑いを浮かべた。やはり、複雑な間柄だ。 「姫を含め……『彼方』は、どう見ているのか」  久遠の神妙な声に、一刀も表情無く口を開く。 「当面は、冷静に見てもらいたいと言うのが俺の勝手な意見だ」 「……御意に」  久遠は静かに頭を下げた。再び静かな馬車の屋形内、漸く西へと入って暫く来た頃であった。突然響く馬の嘶き、大きく揺れる馬車の振動が伝わる。身を揺らしつつ、体制を整えるが。次に護衛達の叫ぶ声が。帝直属の護衛である陽炎と白夜が互いに視線を送り頷いた。 「帝、久遠様、決して表には出られませぬ様……!」  陽炎が一刀と久遠へそう告げ、表へ飛び出した。次いで白夜も。
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