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真っ先に思い出すのはあの目だ。
大きなアーモンド型の目が暗闇にぽっかりと浮いている。爛々と輝くそれは巨大な猫のようで、しかし金色に煌めくことはなく、以前教科書で見た夜の海を思わせる色をしていた。
夜永はその目から逃れられなかった。何かを問いかけるような、それでいて虚ろな視線。頭が真っ白になって、それに比例するかのように周りの景色が黒く塗り潰される。
それの性別はわからない。少女のようにも見えるし少年のようにも見える。ただざんばらの髪の隙間から覗く白い頬が、そこに蔓延る鱗が、チラチラと目についた。
そう。それには鱗があった。
月明かりに反射して鱗がぬらぬらと光る。頬だけではない、夜道に投げ出された四肢にも妖しげな鱗は散らばっていた。特に酷いのは両脚だ。肌が全く見えない。更に悲惨なのは、その両脚は溶け、境目がわからないほどくっつきあっていた。
思うように息ができない。見てられない。気味が悪い。嗚呼、それなのに、
醜いはずのその鱗を、どうしようもなく美しいと思ってしまった。
「──ヨナガは良いよな、将来が明るくて」
不意に投げ掛けられた言葉に、夜永は目を瞬かせる。
今は昼休み。本来なら一人でのんびりとしているはずの時間だが、今日は目の前の席に座る人物が居た。何度か話したことのある、しかし名前は覚えていないクラスメイト。勉強を教えてほしいと言われ、強引に承諾させられた。実は向こうからは友人と思われているのだが、夜永にその認識は無い。
「おっきい病院の一人息子でさ、将来が決まってるようなもんじゃん。おまけに皆も認める優等生。親も自慢に思ってるだろ」
教えてもらっている立場の割には、不満そうにクラスメイトは文句を垂れる。くたびれたノートは歴史のもので、丁度海に関する問題だった。『海が消えたのは何年前ですか』。そんな基本も基本の問題に、意外と(失礼)綺麗な字で『50年前』と書き記していく。
「あーあ、いいな。馬鹿な俺とは全然違う。悩みなんて無いんだろうな」
クラスメイトはそう吐き捨てて不真面目にあくびをした。夜永は薄く笑う。彼は間違っている。
「それは違うぞ」
反論されるとは思ってなかったのか、クラスメイトは目を丸くする。
「海が消えたのは、正しくは51年前だ」
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