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夜永は学校帰りに必ず病院に寄る。それはどこか悪いからではなくて、単純に親の勤め先を覗いているだけだ。
今日もまた夜永は親の勤める大学病院へ向かった。医者や看護師は慣れたもので、夜永に気付くと丁寧に挨拶をしてくれる。中には顔見知りの患者も居た。いつものようにすれ違う人々に会釈をしていた夜永は、前方に立ちはだかった影に歩みを止める。
「また来たのか」
それは父だった。白衣をきっちりと着込み、夜永を威圧的に見下ろしている。
「いい加減用も無いのに病院に来るのはやめろ。そんな暇があったらさっさと帰って勉強をしなさい。聞いたぞ。この間のテストで学年2位だったそうじゃないか。何故1位をとらない」
不快そうな声が頭上に降り注ぐ。病院で会うと父は必ずこの反応をした。笑って出迎えてくれたことなど一度も無い。それがわかっていても足を運んでしまうのだ。今度こそはと期待して、結果打ちのめされる。名前も覚えていないクラスメイトに、俺も大概馬鹿だよと一人ごちる。
「いいか、私はお前に期待しているんだ。失望させるようなことはしてくれるなよ。わかったら早く帰りなさい」
刺々しい声に頭が痛くなって、夜永は返事もせずにきびすを返した。父はいつもそうだ。自分の理想を偉そうに夜永に押し付ける。それに応えようとする自分も大概なのだが。
父の前から逃げ出して、しかしすぐに素直に帰る気にはなれなくて、夜永は病院を抜け出した後ふらふらと建物の裏へと向かった。ここなら人気が少なく、微笑ましげに迎えられることも疎ましげに見下ろされることもない。どうせ家に帰れば一人なのだが、外の静かな場所で落ち着きたかったのだ。
しかしそんな夜永の目論見は、無残にも破れることとなる。
建物の隅の隅、木の陰になっているような薄暗い場所に蹲る人影があったのだ。
人影の正体は夜永と同い年くらいの少年だった。入院患者なのだろうか、薄緑色のパジャマを着ている。それだけなら気分転換でもしているのだろうと放っておいたが、夜永が気になったのは、彼が足を押さえて丸まっていることだった。
「おい……大丈夫か?」
恐る恐る近付いて声をかけてみると、少年は弾かれたように顔を上げる。
その目を見て、薄いな、と思った。
色素が薄いのだ。紅茶色の瞳が、木々の隙間から僅かに差し込む日差しに反射してキラキラと輝いている。そのアーモンド型の目に見蕩れていた夜永は、慌てて頭を振る。
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