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「何で俺のことを知ってるんだよ」
「知ってるよ。君は有名人だったからね。院長の自慢の息子だって聞いたよ」
「……そんなイイモンじゃないさ。あいつは成績のことしか見ていない。ろくに家に帰ってこないし、会話をすることも無い。俺には興味が無いのさ」
「寂しいんだね」
少年は薄く笑う。その態度が気にくわなくて、夜永は顔を顰めた。
「別にそんなんじゃない。……そんなことより、足を診せてみろよ。どうせ脱走した時にくじいたんだろ」
「いいよ、別に」
「放っておいたら悪化するだろ。ほら!」
医者の息子だからという訳でもないが、怪我人を放っておく訳にもいかない。嫌がる少年を無視して、夜永は強引に足を掴む。
そして、その目に映った光景に絶句した。
少年の足には、見覚えのある楕円型の小片がこびりついていたのだ。
その小片を夜永は一生忘れることはないだろう。
いつかの夜見た光景がフラッシュバックする。力なく転がった肢体。くっつきあった両脚と、そこに散らばる楕円形の小片。
それから──アーモンド型の目。
「これは、」
呼吸がうまくできない。夜永は喘ぐように息を吐き出した。
「これは、何だ」
「ああ、これね」
動揺する夜永とは対照的に、少年は無感動に自身の足を見下ろした。
「なんてことはない。ただの病気さ」
「鱗が生えるんだ。それ以外何もわかっていない」
手当てした足をズボンに突っ込みながら、少年は言う。
「……原因も治療法も?」
「原因も治療法も。症状として判明しているのは、徐々に鱗が全身に広がっていくのと、やがて脚同士が溶けてくっつくということ。僕はまだ歩けるけどね」
「その、死んだりは、」
「それもわからない。何せ、僕が初めての罹患者だから。そんなだから毎日研究されっぱなしで息が詰まっていたんだ。君のお父さんが研究の第一人者だよ。知らない?」
知らない、と夜永は大きく頭を振る。そんな話は一度も聞いたことがない。いや、息子に話すにはあまりにもヘビーな話だろう。そうでなくても、あの父親が仕事の話を容易に夜永にするとは思えなかったが。
「服、ありがとう。ちょっと大きいかな」
「そりゃどうも」
ぞんざいに返事をして、夜永は深く溜息を吐く。なんだかおかしなことになってしまった。人間に鱗が生えるだなんて、そんなデタラメな話があっていいものか。
しかし、あの忌まわしい小片は確かに目にこびりついていて。
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