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「どうしたの溜息なんか吐いて。スマイルスマイル」
沈んだ夜永を励ますように、少年がにぱっと笑った。呑気な言葉に頭痛が増す。
「何でそんな明るくいられるんだよ。奇病なんだろ」
「死ぬと決まった訳でもないからね。それに、僕には目的があるんだ。それを達成するまでは落ち込んでられないよ」
「目的?」
そういえばこの少年は行きたい場所があると言っていた。てっきり研究されるのが嫌で病院から抜け出したのだと思っていたが、そっちが目的なのだろうか。
夜永の思考に答えるように、少年はにっこりと笑って言う。
「僕はね、海が見たいんだ」
夜永は本日二度目の絶句を味わった。
海。うみ。ウミ。聞き間違いだったかと思ったが残念ながらそんなことはないようだ。
「本気か!? 海ってあれだろ、あの海だろ。海はもう51年前に全て消えて無くなっている。お前も知っているはずだろう!?」
「知ってるよ、それくらい。知った上で見たいと言ってるんだ。それにまだ一つだけ、どこかに海が残っているって聞いたことがあるよ」
「それは根も葉もない噂だろ!? 大体、それが本当だとして、どこにあるかわからなければ意味がないじゃないか」
「わかってるよ。だからこれから探すんじゃないか」
狂ってる。夜永は純粋にそう思った。
「……何で海なんかが見たいんだよ」
ひとまずそれだけ訊きたかった。これでただの興味本位だとしたらぶん殴る、と思いながら。
少年は微笑む。その笑みは寂しげで、そのくせ眼差しだけは真っ直ぐで、夜永はドキリとしてしまう。
「生まれ変わりたいんだ」
少年は愁いを帯びた表情とは裏腹に、きっぱりと言い放った。
「生まれ変わりたい?」
「そう。生まれ変わって、自由になりたい。その為に、僕には海が必要だ。だから僕は海を見たいのさ」
そうだ、と眼差しが柔くなる。
「君も来るかい」
何でだよ、とは夜永は言えなかった。その目があまりに優しかったからだ。夜永は何も言えず、頼りない気持ちで少年を見詰め返した。
「君も息苦しいんだろう。わかるよ、僕も同じだ。皆僕の病気ばかり見て、僕のことなんてちっとも見てくれない。もうそんなのは嫌なんだ。僕は解放されたい」
少年の囁くような言葉が胸に突き刺さる。
慈しむように、少年は甘く笑って夜永の返事を待っている。あのアーモンド型の目で、夜永が苦手な目で、ジッと見詰めている。
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