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夜永は色んなことを考えた。親の冷たい視線。のしかかる期待。脳裏にちらつくテストの数字。周囲に抱かれた羨望と現実のギャップ。胸がつかえて、夜永はぎこちなく浅い呼吸を繰り返す。
そしてようやく気が付いた。本当はずっと、呼吸ができなかったのだ。
「一緒に行こう。果てしない旅でも、二人でならきっと退屈しないさ。分け合った肉まんも、きっと極上の食事になる」
少年が手を伸ばした。鱗がまばらに散った、病人特有の細く青白い手。
この手を掴めば何かが変わるのだろうか。呼吸はできるようになるのだろうか。もしそうなら、自分は──。
夜永はのろのろと、それでもしっかりと、その手をとった。
少年は「ミカド」と言った。
冬になるとつぶ雪の降る、寒い地方に住んでいたらしい。
夜永はミカドと共に家を飛び出て、先の見えない旅に出た。本当にあるかどうかもわからない、幻の海を見る為。
それはとても不透明で、まるで吹雪の世界を彷徨うようなものだった。幼い少女がありもしないネバーランドを探すように幻想を追い求めるのは、酷く馬鹿馬鹿しく、空しい。ミカドの病気だって待ってはくれなかった。鱗はゆっくりと、しかし確実にミカドの肌を蝕んでいく。頬にまで鱗が出るようになって、ミカドはマスクを愛用するようになった。それでも僅かに見つかる、真偽も定かではない手掛かりを必死に掻き集めた。
困難な旅だが、しかしミカドの言うとおり退屈はしなかった。二人でなら冷めきった固い食事でもご馳走に思えた。つまらないようなことが転げまわるほど面白かった。自分でも驚くほど、ミカドとの旅は呼吸ができたのだ。
それを発見したのは、桜の季節から暑さに身悶えする季節に変わった頃のことだった。情報収集の為に立ち寄った町で、祭りをしているところに遭遇したのだ。
どこでも変わり映えしない光景に興味など無かった夜永だが、ミカドが興味を示した。幼い子供のように目をキラキラとさせて、色とりどりの屋台を眺めていたのだ。
「……寄ってみるか?」
思わずそう訊いてしまった夜永に、ミカドが嬉しそうに頷いたのは当然のこと。
ミカドは心の底から楽しそうに祭りを堪能した。チョコバナナを美味しそうに頬張り、りんご飴の食べづらさに苦戦し。射的は下手なくせに、金魚すくいは妙に上手かった。最初は呆れながらその様子を眺めていた夜永も途中からは白熱してしまい、結局金魚は二匹掬った。
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