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「ああ、楽しかった!」
思う存分祭りを満喫したミカドは、頬を紅潮させて深く息を吐いた。先程まで持ち帰ることのできない大量の金魚を名残惜しそうに見詰めていたというのに。自分も楽しんだことは棚に上げて、夜永はやれやれと肩をすくめる。
「そんなにはしゃぐことか?」
「そりゃはしゃぐよ。お祭りなんて初めてだから」
思いもよらない返答にミカドは固まった。よく考えてみれば、生まれつきあの病に罹っていたとすればろくに遊ぶこともできなかったのだろう。うかつなことを言ってしまった。
「……すまん。無神経だった」
「いいよ、別に。こうして今日遊べたんだから」
落ち込む夜永に、ミカドはへらりと笑う。
「僕、友達が居なかったんだ」
唐突な独白に夜永は目を見張った。
マスクせいでミカドの表情はよく見えない。屋台を彩る提灯の灯りがその横顔を照らし、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ。
「皆、僕のことを気味悪がる。そりゃそうだ、誰だって鱗の生えた人間なんかと一緒に居たくない。でも君は違った。僕の手をとってくれた。こうして君と遊ぶことができてとても嬉しいんだ。君と出会えてよかった」
囁くような声に、夜永は胸が締め付けられる。
夜永はミカドについてほとんど何も知らない。彼がどんな思いで、奇病を抱えたまま生きてきたのかも。きっとそれは夜永が想像するよりも壮絶で残酷なことだったのだろう。だからこそ、ミカドがそんな言葉を零したという事実が切なくて、どうしようもなく愛おしかった。
「だったら、」
衝動のまま、夜永は口に出す。
「俺が、友達になるよ」
その瞬間を、夜永はけして忘れないだろう。
夜永がゆっくりと顔を上げる。アーモンド型の目、そこに浮かぶ紅茶色がじわりと滲んだ。それは淡くなって、益々透明感を増していく。ああ、綺麗だと、素直に思った。
「……本当に?」
震えた声にすぐさま返す。
「嘘は吐かないよ」
実のところ、夜永にだってあまり友達は居ない。その必要性を感じなかったからだ。だが今、はっきりと、夜永はミカドと友達になることを望んだ。
「──ありがとう。嬉しいよ」
ミカドは笑う。泣くように。花開くように。
「きっとこの日のことは、一生忘れない」
涙交じりの言葉に、夜永は頷く。それは夜永も同じ気持ちだった。
そうしてこの日、ただの旅の連れだった夜永とミカドは友人となり。
その翌日、ミカドの脚は動かなくなった。
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