第一首 唐揚げ

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    2 「————なんだ? これ」  ことの発端(ほったん)は、先週突然死んだじいさんの、蔵の中の書架(しょか)(なが)めていたときだった。明らかに(ほか)とは違う装丁(そうてい)で、()圧倒(あっとう)するほどの異彩(いさい)を放っている一冊の本をおれは見つけた。  ——————おれは元々、相当数の本を読む、いわゆる読書家だ。  じいさんが死んで、おれが無類の本好きだということを知っている叔父や叔母が、じいさんの遺した書庫蔵をおれに譲ると申し出てきたのだ。  訊けばどうも、遺書に書いてあったらしい。  以前からこの書庫蔵が気になっていたこともあり、おれはすぐに承諾した。  叔父から蔵の鍵を受け取ったが、そのときの彼の面相は、優しさによって生じた微笑みではなく、安堵の笑みを浮かばせていた。——なぜならその実、この書庫蔵は、(もと)よりじいさんとおれを除いた親戚全員から気味悪がられていたからだ。  ————“座敷わらし”————  そんなものが出ると誰かが言い出し、更にその噂が流れた直後に、じいさんが錠で蔵を(とざ)すようになったものだから、座敷わらしの噂は確固たるものとなったらしい。  おれがその噂を聴いたのは十三才のときだった。  元々、噂を知るより以前から、自宅で親たちがいがみ合っていることに耐えられず、おれはじいさんの家に入り浸り、よく家事を手伝っていた。しかし時折おれの作った料理を片手に、書庫蔵へと向かうじいさんの姿を目撃していた。  それはなぜか、とじいさんに訊いたこともあったが、幾度問うても、ついぞ教えてくれることはなかった。  ただ、「お前の料理を食べたいと思っている人に、食べてもらうのが一番だ。」と、理解に苦しむ返答を寄越すだけだった。  じいさんはおれの料理を食べたくないのか、などと邪推することもあったが、書庫蔵へ赴かないときは、おれの料理を笑って食べてくれていた。  それから少し経ってから、親に"書庫蔵の座敷わらし"の噂を聴かされ、じいさんの家に行くことを暗に止められた。  けれど、大人になってそんな噂を信じるなんて馬鹿げていると、当時のおれは思った。サンタクロースが父さんだってことに、数年前とっくに気付いていたおれは、物語にしか出てこないような“架空の生き物”は信じないようになっていた。  おれは、座敷わらしの噂を耳にして以降も、相変わらずじいさんの家に足を運び、家事の手伝いをしていた。そしてその頃には、暇な時間を見つけては、本を手に取り、物語の世界に耽入(ふけい)ることが、おれにとっての幸せなひとときになっていた。  おれがじいさんの家に通うようになった十才の頃から、じいさんはたびたび、おれが暇を持て余しているときに、書庫蔵から数冊の小説を持ってきてくれていた。  内容をハッキリと覚えてはいないが、時代小説からファンタジーものまで、多彩なジャンルの本をじいさんは書庫蔵に収めていた。  そして、その日読んだ物語のことを、じいさんに夕飯どきに聴いてもらうことが、おれは楽しくてしかたがなかった。  じいさんはおれの頼みは大概聴いてくれ、おれの疑問にはいつも美しい答えをくれる。そんなじいさんにおれは随分となついていた。  けれど、書庫蔵関連の話だけは、やはり、尋ねても答えてはくれなかった。  ある日、じいさんの激昂する声が蔵から聴こえたことがあった。じいさんが書庫蔵から戻ると、所々散り散りに破れまくっている本を抱えながらおれを睨み、 「書庫に入ったりしてないだろうな?」  と訊いてきた。そんな覚えのないおれが首を横に振ると、 「そうか……。今日はもう帰っていいぞ。それからこのことは誰にも言うな。」  と、抱えた数冊の本を見つめながらおれに告げた。  ————その翌朝、じいさんはポックリと死んだ。死因までは、聴かされなかった。
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