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小さいながら高慢な物言いをするそれは、幼い頃、いつの間にか志月の傍にくっついているようになった獣だ。時には志月の影に隠れ、時にはこうして姿を現し、時にはふらりとどこかへ行ってしまう。志月が奉公に上がる以前、故郷にいた際もそれは変わらなかった。
「ちょっと! あの青いドレスはどこへ行ったの!? この間帝都の百貨店で仕上げた綺麗な刺繍の入ったドレスよ!」
すぐ傍の客間から、ヒステリィを起こしたような金きり声が耳を裂く。志月は足を止めた。足元の小さな影が、驚いた様子ですうっと志月の影に溶けて消える。
「少々お待ちください、薫子さま……」
大賀美薫子は大賀美本家の長子にあたる、志月と同じ年の棘を持つ可憐な花のような少女だ。そういえば、一昨日辺りから侍女の生子と何やら屋敷の中を騒ぎまわっていた気がする。母屋は囲炉裏の残る江戸の世から続く茅葺の家屋だが、二つある別棟は違った。
西洋の建築を取り入れた作りで、長い真っすぐな廊下というものや、引き戸ではなくドアという押したり引いたりして開く扉が取り付けられている。部屋ひとつひとつも仕切られており、障子はあるものの襖はなく、窓には少しくすんだびいどろの板がはめ込まれている。部屋のひとつひとつは火桶や七輪、囲炉裏ではなく暖炉というもので暖を取り、志月はそのための薪を運んでいる最中であった。どうやら今夜も、この家に客人が寝泊まりするらしい。
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