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とはいっても、おそらく見習いの志月がその客人と顔を合わせることはまずない。所作から態度の至るところまで、まだ大賀美家の使用人として客人の前に立てるほど洗練されてはいないからだ。
「ああ違う……これじゃないわ……どうなってるのよ生子! この靴にはあのドレスじゃないとダメなのに……! もうすぐ劉兄様たちのお話合いが終わってしまうわ、せっかくお話できるチャンスなのにこんな普段着で会わなくちゃならないなんて……!」
「すみません、申し訳ありません、薫子さっ……」
ぱんっ、と乾いた音がした。
おそらく少し開いたドアの向こうで、生子が薫子に頬をぶたれたのだ。ここへ来て一か月と短いが、生子が主に甚振られる姿を何度も目にしてきた。大丈夫かと声をかけたこともあったが、「お気になさらないでください」と微笑まれてそれっきりだ。修行のため客人として招かれていた時とは全く違う世界が見え隠れしている。薫子は確かに己に冷たかったが、使用人になってからというものその扱いはひどさを増したようにも思う。
こんなところでぼんやりしていてはいけないと薪を抱え直したところで、少し先の客間のドアが開いた。
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