毎朝三十分

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毎朝三十分

 僕は今、恋をしている。  学年で一番可愛いと言われてる田中さんでも、隣の席で引っ込み思案な僕にもよく話しかけてくれる気さくな松永さんでもない。    僕は今、花子さんに恋をしている。    花子さんに会えるのは早朝の七時から三十分。運動部の朝練で来ている生徒がいるくらいの時間帯のみ。人が多くなると会えない。花子さんは恥ずかしがり屋さんなんだ、きっと。……そう思いたいだけなんだけどね。  朝六時二十七分。  毎年冬は寝坊ばかりで母さんに怒鳴られていた僕が嘘のように、朝五時ごろ起きてさっさっと家を出るようになった。母さんが「あんた、最近どうしたの? 学校は逃げたりしないよ」と驚いたような呆れた声をかける。 「……別に。いいじゃん、どうでも」  母さんに何か言われる前に「行って来るから」と家を出た。  今年は暖冬だとニュースで言ってたけど朝六時半の朝の空気は肌に刺さる。 「さむっ」  吐き出された息が白くほわほわと空に消えた。  首に巻いた深緑のマフラーを巻き直し、荷台にカバンを巻きつける。一年続けた作業だけど不器用な僕は荷紐を巻くのに時間がかかる。二、三回やり直してやっとカバンが落ちなくなった。ダサいヘルメットを被って自転車にまたがる。突き刺さる風を一身に受けながら学校まで全力で漕いだ。  冷たさで顔が痛くなるのも気にしない。それよりも、花子さんに会うことが楽しみでたまらなかった。
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