第1章 穴

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私の目の前には穴がある。  何の変哲もない穴だ。 ただ、途方もない程に深い。まるで底など無いようにどこまでも漆黒が続いている。 ひたすらに其を見ていれば、奥底で何かが蠢くのが見えてくる。不規則にぐにゃぐにゃと崩れては、何かを思い出したかのように結晶のように重なり合う不可思議で形容しがたいこの世のものとは思えない存在が。 これは私の妄想か、幻覚か。 これが何の意味も持たない幻というのならば、私は気が狂ってしまったのだろう。 穴。ああ、なんとも不健な響きだろう。 私のことを狂ったのだというならば、それも構わない。だが、確かに暗闇の穴の奥底で何かが私を見つめているのだ。 私は"それ"をこの目で見たいだけなのだ。それだけの為に遠路はるばるこの辺鄙で荒涼としたこの地にやってきたのだ。 ほら、見ろ!そこに奴がいた!君にも見えただろう。そこの目をギラギラと輝かせた不遜で汚らわしいやつだ! 私が覗けば奴はいつでも私を見ている。私が奴を覗いているのか。奴が私を覗いているのか。 この穴に入れば奴の頭の上に着地するのだろうか。 私は気付いたときには、足を穴の上へと運ばせ、偉大なる一歩を踏み出していた。 暗い。穴の中は思いのほか途方もなく暗かった。 ひたすら私は下へ下へと落ちていく。ふわりとした浮遊感すらも感じさせず、ただひたすらストンと落ちていく。 いつまでも落ちていくものだから、私はふとここに来た経緯を思い返してみることにした。 私が穴というものに取り憑かれるようになったのはいつからだろうか。恐らく幼少期のあの忌まわしい出来事がきっかけであろうことは間違いないのだが・・・。
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