第1章 穴

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私はオレゴン州ディームラクに生まれた。オレゴン海岸に程近い、畜産業が経済の中心の閑散とした静寂な田舎町。街並みは普遍的なアメリカの郊外の町を彷彿とさせる様相で、あまり裕福ではない町の者達は車を持たない者も多く、家の外を出歩く事も少ない。ただひたすらに豚や牛を育て、家で夕食を食べて寝るだけの生活。そんな生活を羨ましく思う人もいるだろう。しかし、ディラムークに住む人々は自分達の生活が満足したものだと感じているものは一人たりともいなかった。 私自身がディームラクをどう感じていたのかというと、実際のところ私は其ほどこの町を不快には感じていなかった。確かに全くと言っていい程に娯楽のない町であるし、そもそも若い男女も数える程しかいない。だが、そのような不満など些細なものに思えるほどの魅力がこの町にはあったのだ。それはこの町や人、自然、天候、その他の様々な要因の全てが合わさり造り出す暗く重苦しい空気感そのものである。 大体の人が不快に感じるその陰湿な空気を私はこれ以上ない程に好ましく思っていた。身体に纏わりつくような生暖かさが肌をヌメヌメと撫で、正体不明の生臭さが鼻を突く異様な空気感にいつまでも戯れていたいとさえ感じたものだ。 しかし、この町の魅力はそんなものだけではない。この町には他のどんな土地にも見られない特別なものがあるのだ。それは、ディームラクの中心街から一時間程歩いた所にある小高い岩山の洞窟を更に地下に降りた場所にあるのだが。結論から言えばそれは"穴"だった。何の変哲もない直径二メートル程の縦穴だが、ただひとつ特別であったのがその穴の底から私を覗き見る"何か"の存在だ。
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