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「わかりました! 妾は一人で参ります。そなたは敵の目を引きつけたら、逃げ出すのでしょう? まさか、切り結ぶなど、考えておりませんな?」
念を押す時姫に、源二は自分の身を案じる主人の心根を感じ、胸が熱くなるのを感じていた。
「あたりまえでございます。それがしの使命は姫さまを無事、お落とし申し上げることしかござりませぬ。抜け道を出たら、そこでお待ちくだされ。それがし、かならずや姫さまのもとへ参上しますゆえ」
はい、と点頭して時姫はそろりと足を持ち上げ、井戸をまたいだ。指を縄梯子に絡め、慎重に降りていく。それを確認して、源二は蓋を持ち上げた。
「姫さま! 蓋を元通りにいたしますぞ! 暗くなりますが、底に達すれば、抜け穴があります。どうかお気をつけて……」
うん、と姫の声が聞こえてくる。どういうわけか、時姫の声は童女のようにあどけなく響いた。
ごとりと蓋を元通りに戻すと、源二は井戸を隠すため、周りの茂みを蓋の上に重ねた。これで昼間の光で見なければ、そこに空井戸が存在することは判らないだろう。
さっと井戸に背を向けると、源二は正門の方角を見やった。
開門──と、喚き声が聞こえてくる。いよいよ敵勢は、戦を仕掛けるつもりだ!
どんどんどん、と正門の扉を叩く音がする。
「面倒だ。叩き壊せ!」と命令する声がした。
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