源二

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源二

  一 「甚助、囲みは充分だ。早く、懸かれの下知をせぬか!」  苛々と顔中に髭を蓄えた大男がつぶやいた。 「まあ、待て」と啄木鳥の甚助は答える。  目の前に、紅月の仄かな赤みがかった光に照らされた山寺が見えている。  相手は(ましら)の源二。用心し過ぎるということはない。  ぶぶぶ……、と懐の無線行動電話(ケータイ)が微かな震動音を立てた。  ぱちりと開くと、画面に「電子矢文(メール)あり」と表示されている。開くと  ──東、用意よし  ──西、用意よし  と、あった。  甚助たちは南側を囲んでいる。北側は、わざと手薄にしている。こちらから攻め立て、北側に誘い出す作戦だ。  もっとも、源二ほどの手練れがこんな子供だましの作戦に乗るとは思えないが。  それにしても、先程の叫び声は何だったのだろう? 何だか、赤ん坊の泣き声みたいだったが。  甚助は周りの男たちに向け囁いた。 「よいか、目的は信太従三位の娘、時子ただ一人。決して、殺してはならぬ。生かして、都へ連れて行くのだ。首尾よく時姫を京の〈御門〉に会わせることができれば、恩賞は思いのままと知れ!」  甚助の言葉に、男たちはうなずいた。     
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