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それは、朝から岡原はほとんど口を開こうとしなかったのだ、いつもの明るい表情も妙に硬張りオドオドとしていた、「何があったの?」と聞いても「・・・別に」と生返事を返すだけで、理由を言おうとしない。
バイクの運転も荒々しくカーブに来るたび振り落とされそうになる、そのたびに岡原の腹に回した腕をギュッと締め付ける。
そして、左の二の腕には、なにか小さな箱のような物が当たっていた。
範子は全てを理解したは、正確には8回目のカーブを抜けたときであった、そう、岡原の不思議な態度、黒い革ジャンの左ポケットに秘めらた5平方センチメートル程の小箱、これは間違いない、いつの頃からか思い描いていた”夢が約束される日”それが今日なのだ。
相手のカードが解ると”恋の駆け引き”は、面白いもので、事あるごとにしかめっ面で左手をポケットにモゾモゾとする岡原のしぐさはどことなく可愛らしく、また焦れったくも思えそのたびに右手で左手の薬指をなでる範子であった。
結局、範子の心と左手の薬指が満たされたのはその日のディナーの後であった。
それは”サザン・オーシャン”海辺を走る国道42号線沿いに建てられた洒落た店だ今ではすっかりと古ぼけてしまっているが忘れもしない、このレストランがまだ新しかった頃のことだった、あれから”夢”と呼ばれた日々は”日常”と呼ばれる日々となった。
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