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プロローグ
紺碧の空と、春の日差しを全身に浴びた風を追い抜いて、赤いCR-Xデルソルは湯浅-御坊自動車道を南へと駆け抜けていく、それは1994年のゴールデンウィークのことである
岡原弘利(おかはら ひろとし)50歳、彼は和歌山県海南市の地場産業である漆器会社勤務の会社員である、こういえば聞こえはいいが、紀州漆器は年々景気が悪くなる一方で、給料はよそに比べれば決して良くはない。しかし彼はその安月給で家を建て妻子を養い、一人息子の友弘(ともひろ)を社会に送り出すこともでき親としての義務も無事に成し遂げ
”肩のにも降りた”というものである。
この車はそんな自分に対する褒美なのだ、そうこれからは妻と二人で人生を楽しもう!。
「いい歳して、そんな車は恥ずかしい」と4つ年下の妻、範子(のりこ)は”古い考えの女”だからそういうのは仕方がない、しかし、”古い考えの女”だからこそ夫の命令は絶対なのである。
妻は白い帽子にサングラスをかけ、さっきから何もいわず風に帽子をさらわれぬよう左手を頭に乗せ、嫌々この車に乗っているつもりだが、まんざらでもないことぐらいわかる、これは満足しているときほどいつも無口になるのだから。
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