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「わ、美味しい。青って意外と料理できるんだ」
弁当をつついていた美姫が目を丸くして言った。
「たまに作ってるから。お母さんがいない時だけね」
青が作ったのはバターとにんにくと塩こしょうで味つけをした、小松菜とベーコンの炒め物だ。時間がない時はさっとできるものだし、姉の好物なのでよく作っていた。メトロポ荘の窓にぶら下がっている食材袋の中で青が作れるのはこれくらいしかなかった。
あまり料理は得意ではないと豪語する美姫が作ったコンソメスープも、やや玉ねぎが不揃いでしゃきしゃきしすぎてはいたけれど、美味しかった。寒さでこわばった体が内側からじんわりとほぐされていく。たまにはこういう場所で食事をするのも悪くないかもしれないと青は思った。
「ちょっと散歩してかない?」
と、美姫が食後に提案もとい命令してきたので、青はそれに従った。荷物はとりあえず東屋に置いておく。盗む人はさすがにいないだろう。
スープを飲んで体が温まっているからか、青はさっきよりは快適な道のりに感じた。余裕ができて自然と視野が広くなり、そのおかげで青は道中で少し気になるものを見つけた。
「どうしたの?」と美姫が聞いてくる。
「いや、あの木についてるのって何かなって」
すると美姫は嬉しそうに微笑んで、「見てみましょう」と軽やかに誘った。
近くまでくると、鉄の板のようなものが針金で木にくくりつけられているのがわかる。雪がこびりついて端のほうは見えなかったが、文字は読めた。ヤマモミジ、と書かれている。この木の名前らしかった。
「へえ」と青は呟いた。「親切だね」
物言わぬこの冷たい看板に、青はある種の温かさを感じとった。看板というよりは看板を作った人に対してだ。これを作った人はいい人だと青は思った。
山を訪れた人に、木のことを知ってもらいたいという気持ちが胸の中に流れこんでくるようだった。隣で美姫の満足そうな声が弾んだ。
「こういうのが山のあちこちにあるの。少し見て回らない?」
うん、と青はうなづいた。今度は命令という感じはしなかった。自分自身も見てみたいと思ったからだ。
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