オープニング

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青は、生まれつき感性が鋭かった。  人の口から出てくる言葉と胸の中にある心の『ズレ』に人一倍敏感であり、そして嫌っていた。どうしてみんなあんな気持ちの悪い喋り方をするのだろうと青は理解に苦しんだ。中学の先生も、近所のおばさんも、それに父も。大人になるとみんなそういう喋り方になるんだろうか。  それは薄っぺらで、上っ面で、ニセモノだ。  青は時々どうにも我慢ができなくなって、息が詰まって仕方がない時があった。それに、父がたまに口にするあの言葉もそうだ。  ーーここは僕の家だ。  父は誰かと口論になると、こう言う癖があった。  その瞬間、青は家中のあらゆるものに対してよそよそしい態度をとらなければならなかった。リビングの椅子もソファーも自分の部屋のベッドですらも、他人行儀に申し訳なさを感じ、居たたまれない気持ちになる。そういった鬱憤が溜まると自然、どこか遠くへ行きたい衝動に駆られた。それが青のストレスの解消方法でもあり、一時的な避難でもあり、同時に大人たちへの小さな復讐でもあった。  青は母が作り置きしてくれた朝食を済ませ、テキパキと準備をした。身支度を済ませて厚いコートを身に纏い、ぱんぱんに膨らんだ重いリュックを背負って玄関に向かう。しかし靴を履こうとしたところで、はたと思い立ってリビングに戻った。  ガスコンロと蛇口の漏れ、ヒーターや床暖房、家中の窓という窓や裏口のドアがちゃんと締まっているかを確認する。異常なし。オールグリーン、と呟いてみる。正面玄関の鍵も忘れずに回す。  それから青は、心おきなく家出を始めたのだった。
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