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「おまたせ」と青は声をかける。
彼女はーー木野美姫(きのみき)は、顔をあげて青の姿を見つけると、ふっと吹き出して顔を背けた。肩を震わせて笑いをこらえているようだった。あはは、とついには声に出して笑った。
「家出にしてはずいぶんな荷物ね」
「手ぶらでは家出をしない主義でして」
ムッとしながらしかつめらしくする青の態度に美姫はまた笑った。美姫の名前に『姫』があるからか、青は彼女と喋る時は冗談半分にこういう態度をとることがあった。もっとも美姫のほうは名前に反して淑やかな感じはあまりなく、どちらかというとあっけらかんとしているほうだったが。
美姫は読んでいた本を鞄にしまうと、ひょいと立ち上がる。
「そいじゃあ行きましょ。別荘まで案内するわ」
弾むような足どりで前を歩き出す彼女に、青は遅れてついていった。
今回の家出がいつもと違うのは連泊という点だけでなく、協力者がいることもそうだった。美姫とは少し前に知り合ったばかりではあったが、彼女から青に別荘を使わないかと提案してくれたのだ。
駅を出ると、ぼんやりとした日の光が待ち受けていた。そちらこちらで雪が光を反射させ、水面のようにさざめいている。冷たく湿った風が青の頬をなぜた。その風に乗って、美姫が振り返らずに呟くのが聞こえてきた。
「これじゃあ本当に『クローディアの秘密』みたい。さしずめ私はジェイミーってところね」
どうやら独り言のようだった。
美姫は以前も、こうした意味のわからないことをふいに呟くことがあった。けれど青は美姫の独り言は嫌いではなかった。その言葉は単純な思いつきからではなく、彼女の胸の奥底のほうから流れでてきて、何の加工も施されず、吐息と共にこぼれ落ちたものだと直感的に知っていたからだ。
彼女はいつも、本心で物事を語る。
同時に、いつも胸に秘密を隠し持っている。
青はなんとなくだがその気配に感づいていた。
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