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僕は自分が働く美術館で最近仕入れられた一枚の絵画を見て驚いた。僕がまだ小さいころ近所の公園で絵の描き方を教えてくれたお兄さんが描いていた絵にそっくりだったからだ。十中八九お兄さんが描いた絵だと思った。そのお兄さんの影響で僕は絵が好きになったし、美大にまで行った。画家にはなれなかったけど、国家資格を取って学芸員として働いている。僕の人生に大きな影響をもたらしてくれた人の絵を忘れられるはずがない。しかし、一つだけ気になることがあった。作者の名前が僕の知っているお兄さんの名前と違ったのだ。
僕はこの絵画を売り込みに来た画商に連絡を取った。この絵画の作者に合わせてほしいと。しかし、作者が人に合わない主義の人物らしく画商もメールか電話でしか連絡を取れないとのことだった。いつも作者のほうから完成した作品をこの画商に一方的に送り付けてくるらしい。普通ならこんなことまかり通らない。でも、送られてくる作品はどれも文句のつけようのない完成度で見る者を引き付ける力を持っていて、売りに出すとすぐに買い手がつくほどだった。今回はできるだけ多くの人に見てもらえるところに売ってほしいという意向があったため、僕の働く美術館に売り込みにきたらしい。
僕はどうしてもこの作者に会いたかった。お兄さんと初めて会ったとき、『この絵はまだ完成してないんだ』と言っていた。でも僕は未完成だったとしてもこの絵から目が離せなかった。テレビ番組や映画のように観客を別世界に引きずり込むような力強さはなかった。音楽のように聴いていると体が動き出してしまうような躍動感もなかった。でも、その絵画を見ているとお兄さんの心が僕と繋がったような気がした。お兄さんに絵の感想を伝えると『ありがとう』と言った。そして、お兄さんと僕は完成したら見せてもらう約束を交わした。それからしばらくしてお兄さんは公園にこなくなった。理由はわからなかった。僕はお兄さんの写真を持っていなかったので忘れないためにお兄さんの肖像画を描いた。僕が初めて描いた肖像画だった。
僕は画商に熱心に頼み込んだ。画商は根負けして作者に連絡してくれることを約束してくれた。メッセージの文面は僕が考えた。内容は僕の自己紹介と会いたい理由だ。メッセージの最後に『あのとき公園で交わした約束が果たされてよかったです』と添えた。
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