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ここは元々父の実家で、僕も7歳になる頃まで住んでいた。僕達が去った後も祖父母がここに住んでいたが、先月祖母が他界。遺された祖父を心配し、両親がこの引っ越しを決めたという。
家から駅までの道中には川を渡る大きな橋があり、かつては自分もこの辺りでよく遊んでいたなと思わず感慨にふけってしまう。
「変わらないな、この辺も。」
昔と比べ視線の高さが上がったことで新鮮味はあるものの、10年以上時が流れた現在でも、この街の景色はあまり変わらない。
橋の欄干に頬杖をついて、キラキラと輝く水面を眺めると、彼女の声が聞こえる気がした。
「いっちゃん?」
そうそう、そうやっていつも僕の名を呼んで…
「やっぱり、いっちゃんだ!」
僕は慌てて声のした方を振り返る。
そこには自分と同じ年頃の女の子が立っていた。
大きな瞳でじっとこちらの様子を伺っている。
随分と大人っぽくはなったけれど、身にまとう空気感はあの頃と何も変わらない。
「…いちか?」
僕が名前を呼ぶと、彼女は顔を輝かせた。
そしてこちらに向かって勢いよく駆けつけてきたかと思うと、全力で僕に抱きついてくる。
「いっちゃんだ!やっと…やっと会えた!」
全身で歓びを表現するいちかに対し、僕は嬉しさと恥ずかしさのあまり、しどろもどろになってしまった。
「いちか、落ち着いて。ちょっと苦しい…。」
僕の言葉で彼女はようやく我に返った。
「ごめんね、嬉しくてつい。」
「ううん、僕もずっと会いたかった。」
彼女は大きな瞳で僕を見上げ、照れたように笑う。
「ねえ、いっちゃん。私ね、絶対また会えるって信じてたんだ。信じてたんだよ。」
いちかの言葉に僕の胸はチクリと痛んだ。
「あの時はごめん。約束、守れなくて。」
いちかはフルフルと首を横に振る。
「待っている時間も私は幸せだったから。だけど会えなかった分、沢山話がしたいの。」
僕が「そうだね」と答えると、いちかは「ありがとう」と言ってニコリと笑った。
その笑顔は昔とは違いもっと大人びた印象で、彼女もまた、僕の見えていないところで日々を過ごし大人になっているのだと、唐突にそんなことを感じた。
******
再会を果たしてからというもの、僕といちかは度々会うようになっていた。
待ち合わせるのはいつもあの橋の上で、僕達はお互いの中の空白を埋めるように、毎日これでもかというほど沢山話をした。
そうしてお互いを知ろうとすればするほど、
彼女は僕の、僕は彼女の知らなかった一面と対峙することになった。
昔と変わらないこともあれば、変わったこともある。いや、もしかしたら知らなかったというだけで、本質的には何も変わってなどいなかったのかもしれない。
それでも彼女のことを知れば知るほど、
僕は明らかに恋をしていた。
いちかという女性を、僕は今も昔もずっと
愛していたんだと知った。
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