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大きく手を振る彼女の姿を最後に見たのはいつだっただろう。
「いっちゃん、また明日ね!」
「うん、また明日。」
あの日そんな約束を交わしたのは
当たり前に明日はやってくるものだと信じて疑わなかったからだ。
だけどその約束が果たされることはなかった。
僕は何も知らされぬまま、突如この街を離れることになったのだ。
あれから何年もの月日が経過した。
僕のことを"いっちゃん"と呼ぶ、あの可愛らしい女の子を忘れることができないまま、僕は今日、19回目の誕生日を迎えた。
*****
「依織、お母さん今日仕事遅くなるからね。冷蔵庫に夕飯用意しておいたから帰ったらチンして食べなさい。いいわね?」
まくし立てるようにそれだけ言うと、母は急いで家を出て行った。
「せわしないなぁ…。」
テーブルの上には体に優しい和朝食がきちんと並べられている。
まだ目覚めきらない体に熱い味噌汁が嬉しい。
少しずつ箸を進めながら、覚醒の時を待つ。
朝のニュースもてんで頭に入ってこない。
代わりに頭の中ではまた、懐かしい声がした。
「いっちゃん、今日はなにしてあそぶ?」
これでもかというほど満面の笑みを浮かべて、思い出の中の少女が僕の名を呼んでいる。
僕は目の前の朝食をすべて平らげ、席を立つ。
「さて、そろそろ行くか。」
19歳を迎えたその日は雲ひとつない青空で、
ひと夏の終わりを告げる感傷的な匂いがした。
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