Franz Marcという男

12/35
前へ
/35ページ
次へ
「仕方のないことだ。時代の流れは緩やかだろう。その中で急激に変化するものを、人はそう易々と受け入れられないのさ」  カンバスに下地としてグレイッシュイエローを、雑とも丁寧とも言えない筆遣いで塗り付ける。これほどまでに大きければバケツを上からひっくり返したいと思ってしまうのはマルクだけではないはずだ。カンディンスキーの筆の動きをじっと見つめるマルクの表情には、納得いかないという色が混じっていた。  しかし、と続けようとするマルクを彼は遮り、脚立から降りて持っていた筆もパレットも全て椅子に置いた。 「いくら考えても、今のままではどうしようもないさ。私達は今できることをしようではないか」  カンバスに布を被せ、カンディンスキーはマルクを振り返った。今できること、それはつまり絵を描き、本を作ること。マルクは友人に諭され、何も言うことが出来ず、ただ頷いた。その瞳には強い意志が灯っていたことに、カンディンスキーは気付いていた。それでも彼は何も言わずに、ただマルクに目配せをしてから部屋を出て行った。マルクはカンディンスキーからもらった視線に応えるように自分のカンバスに向き合う。自分のできること、自分のやりたいこと、自分の見たいもの、それらは全て繋がる。     
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加