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以前とは全く違う手つきで丁寧に筆をカンバスの上に滑らせていく。目の前に浮かぶものをカンバスに描き写すだけ。難しいようで、簡単だ。だが簡単なようで、実は難しくもある。彼にとっては簡単であった。しかしそれは、周りからすれば非難されるべきものでもある。丁寧に塗り重ねられた緑、橙、青、黄色の真ん中に存在するのは、青みがかかった紫のような色をした狐だ。森の中、木の傍で眠る狐はマルクには青色に見えた。だからこそ彼はこの色で塗ったのだが、あまりにも現実とはかけ離れているそれを非難する声は多い。しかし外側だけに縛られてはいけない。人間はもっと、物事の内面、本質を見るべきであると考えていた。
数時間手直しをして満足したマルクは裏に『Blue Fox』と記し、表に署名を残してイーゼルに立てかけた。そして数時間前にカンディンスキーがそうしたように、彼はカンバスに目配せをして部屋を出た。
何かを描くのは楽しい。特にそれが動物であれば、尚更だ。初めて動物を描きたいと思った時は、描くことが楽しみで、楽しみで。それだけが自分の全てだと思い込めるほど、動物を描くことに喜びを感じていた。それなのに一時は動物を描くことにも苦痛を抱いていた。どうしようもない投げやりな気持ちになってしまうことだってあった。それが今では初めて動物を描きたいと思った時と同じ感情を描いている。頭の奥に広がる情景をそのままカンバスに写す、その行為が彼を救っていた。
◆ ◇ ◆
約半年が過ぎ、カンディンスキーが巨大なカンバスの絵を描き上げた秋、マルクは彼と本の構成に勤しんでいた。ああでもない、こうでもないと議論を交わしあい、徐々に形にしていき、もうすぐで完成だと言うところまでこぎつけた。
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