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一九一一年、マルクはマリアという女性と結婚し、浮かれていた。美しい妻と、偉大な友人、彼らさえいれば自分の世界は幸せに満ちていると思っていた。その偉大な友人は彼の結婚をまるで自分のことのように喜んでくれたのだ。それにだって、嬉しく思う。この喜びを表すようにカンバスに描かれたのは、山の中を喜び飛び跳ねる黄色い牝牛、『Yellow Cow』だ。燃えるように熱い赤、橙などで背景の山を描き、牝牛には喜びの黄色を、そして一部に静かな青を乗せた。黄色から溢れ出るのは穏やかさ、優しさ、そして喜び。マルクは笑顔でこの牝牛を彩っていた。マルクの笑顔に対し、少し気味が悪いな、と苦笑したカンディンスキーの言葉にも耳を貸さずにただひたすらにカンバスに黄色を塗り付けていたのだ。
「黄色は女性原理を表す。だから黄色はマリアさ。反対に青は男性原理を表す。だから青は僕」
それから、と続けるマルクの表情は、にやけているとも言えるようなものだ。
「赤は物質を表すだろう? この世界は物質世界なんだ。その中で黄色と青は精神を表す。つまりマリアと僕だけの世界さ」
頬を緩ませるマルクに、カンディンスキーもマリアも嬉しそうに笑う。
「私はその世界にはいないのか?」
カンディンスキーが口角を上げながら茶々を入れると、マルクは自信ありげに胸を張った。
「申し訳ないですが、この世界は僕とマリア、夫婦の世界です」
声高らかに告げたマルクにそれはそうだな、と笑って返すカンディンスキーを、マリアは愛しい子供を見守るように見つめていた。
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