Franz Marcという男

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 帽子を目深にかぶり、コートの前を重ねるように合わせ、マルクは座席の背もたれに体を預けた。窓の外に目を向けると、目まぐるしく変わる緑色の森に少しだけ酔いそうになる。しかしその緑色に生い茂る森を見て、ほっとする気持ちもなくはない。長時間汽車に揺られて長旅をするのも、悪くはないだろうな、なんてことをマルクは一人思ったのだった。  一九一〇年作品に行き詰まったマルクは、度々ゴッホの絵を初めて見た時のことを思い出していた。 「こんなにも自由な絵があったとは…」  当時、あのようなものは初めて見たと言っても過言ではなかった。なぜ今までにこの人物の絵を見ようと思わなかったのか、そう過去の自分に悔しい感情を抱くほどであった。 「僕も、こういう風に自由に描いてもいいはずだ」  当時の自分と今の自分の気持ちが繋がった瞬間、マルクは駆け出した。今すぐにでも、筆を執りたい! 全身が疼き、そう叫んでいる。早くカンバスの前に立たなければ。 「この喜びを、どう表現すればいい!?」  どたどたと大きな音を立てて部屋に上がり込んだマルクは言いようのない興奮を抑えきれずにいた。思わず笑みが零れる。静かにしろと隣人に怒鳴りつけられたとしても、笑って返せるほどに、彼は興奮していたのだ。笑みを抑えることもなく、下絵のまま放置されていたカンバスをイーゼルに乗せる。広大な風景の中でこちらに背を向けている馬に、彼は笑いかけた。 「なんだ、もう色が乗ってるじゃないか」     
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