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お待たせ、と誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、パレットと筆を両手に持った彼は、今までに使ったこともないような色をパレットに出し、筆に色を乗せる。
まず明るい黄色で全体に色を乗せる。つんと鼻を刺激する油の匂いが、部屋に籠るのも気にせず、マルクは笑みを浮かべたままカンバスに向き合った。赤、緑、青と次々と色を乗せていくと、今までにない鮮やかなカンバスが出来上がる。こちらに背を向けた赤みを帯びた橙色の馬の鬣は青。かつての暗さなどどこにも姿を見せていない。ビビッドに染まるその絵は輝いて見えた。
「これだ…」
数時間にも渡るカンバスとの向き合いを終え、ぽつりと呟いた。
思わずカーテンを開けて全身に光を浴びたくなるほどの心の躍動感。落ち着いたはずであるにも関わらず、心は未だに落ち着かない。呆然と出来上がったカンバスを見つめる。そんな彼の中に、父の影はもう存在しなかった。
「はは…」
堪らず笑いが込み上げてくる。もう彼を抑えるものはこの世には存在しない。彼はベッドに倒れ込んで大きく息を吸って、さらに大きく吐くように笑った。
「あははははっ!」
かつて無理だと、自分には才能などないのだと罵った厳しい声は彼の笑い声に掻き消えていった。やってやったぞ! そう思わずにはいられない。もうあの忌々しい呪いのような声に縛られずとも生きていけるのだ。
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