クリトゥルヌスのぶどう酒

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 その日のうちに、私は彼と出発した。  怪我から回復したばかりの私にとって、山越えは辛く厳しいものとなったが、献身的な補助のおかげで翌日には山を越えられる見込みができた。  夜には共に焚き火を囲い、私は彼にいくつかの質問をした。  君たちに冬を越すだけの蓄えはあるのか、あのぶどう酒はどこで作っているのか、間も無く始まる収穫祭とやらにそのぶどう酒は関係しているのか、クリトゥルヌスとは誰のことなのか。  だが、いずれの質問も彼ははぐらかすばかりで、明確な答えを得ることはできなかった。収穫祭について唯一わかったことといえば、あの初老の男?ミトラという名の長?がある決まった時期に始め出した、ということだけだった。  翌朝、私と彼は崖から転落し、彼は頭を打って事切れた。彼は最期まで、私のことを気にかけた。  一夜を越え、再度夜を迎えて村まで戻ったとき、そこは異様な雰囲気に包まれていた。  月明かりに照らされながら、大人たちは樽一杯のぶどう酒を浴びるように飲み、子供達は半狂乱染みた奇声を上げながら走り回っている。  中でも一際狂騒の坩堝にあったのは、ある馬小屋だった。  たくさんの松明と、ひれ伏すように集う人々。その先頭にはあの長、ミトラがいた。彼は撫で付けた髪が乱れるほど一心不乱に頭を振り、口からは緑色の管のようなものが伸びていた。  その管が繋がる先、馬小屋の一番奥にあるもの。  そこには、そびえ立つ緑色の肉塊があった。  うねうねと蠢くそれがなんなのか、その異形のものを前にミトラは何をしているのか、私には何一つとして理解できなかった。  想像を絶する光景を前に呆然とし、私は背後から近づいていた影に気がつかなかった。
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