クリトゥルヌスのぶどう酒

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「出て行けと、言ったはずだ」  引きずり出された私を見下し、ミトラは言った。彼の口の周りは赤く爛れていた。 「コラクスはどうした」 「あの若者のことか? 彼は……死んだ」  私の後ろで人々がどよめいた。 「まったく、なんということだ」 「……本当に申し訳なく思っている。彼は良くできた若者だった」 「そういった意味ではない。あぁ、まったく」  ミトラは乱れた髪を撫で付け直し、何事かを思案していた。 「だが、僥倖だったとも言える。あなたがここまで戻って来られたのだから」  私が言葉の真意を読み取れぬ間に、ミトラは背後の肉塊に祈りを捧げた。 「慈悲深きクリトゥルヌス様。今年はいささか趣向が異なりますが、変わらぬ寵愛を与え給う」  私の目の前に鎮座する、灯火に照らされた肉塊はこの世のものではなかった。  円錐の形をしたそれは緑色で粘膜性の光沢があり、節々からはたくさんの管が垂れ延びている。それぞれの管の先は、それぞれが痙攣するかのようにわずかに蠕動していた。そのうちの一本が私の顔をひと撫ですると、地響きのような低い振動が肉塊から発せられた。ほのかに甘い匂いが辺りに漂う。 「おぉ、クリトゥルヌス様に祈りを! 今年も我らに糧を与えて下さる」  歓声と共に男たちが数人、巨大な樽を運び入れ肉塊の前に置いた。男たちは垂れ下がる数本の管を樽の口に入れると、ナイフで管の端を切り落とした。管からはとめどなく、赤い液体が流れ出した。  それが先日まで自らも口にしていたぶどう酒であると気がつくまで、大した苦労は必要なかった。
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