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その日の職場で広志は自分を敵視している社員二人を何気なく観察していた。時々二人とも目が合う。しかしそれだけでは何も分からなかった。その内の一人、伊藤が偶然にも広志に用事を頼んで来た。
「瀬川、太平建設の渡辺所長の前の現場はお前担当だったよな」
「ええ、そうですが」
「ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
伊藤はバツが悪そうに小声で囁く。
「え、何スか?」
「今のNTビルの現場の所長は渡辺さんだよな?」
「そうですよ」
「納期を間違えちゃってさ、」
「え?」
「もちろん直ぐに手配済みで明後日には物が搬入されるんだけどさ、顔見知りってことで菓子折り持って謝りに行ってくれね?」
「えぇ~僕がですか?」
「伊藤さんが担当なら、顔を立てるためにも本人が行った方が良くないですかね」
冗談ではないと思う広志。これも嫌がらせのように感じた。
「いや、ちょっとばっかの量だから担当って訳では無いんだ。たまたま俺んとこの課に回されただけの仕事なんだよ」
「でも、何で僕なんですかぁ」
「だって渡辺所長と面識あるの、お前しかいないじゃん」
「久保田がいるじゃないですかぁ」
「あいつがこんな仕事できると思う?」
「まぁ・・・」
広志は口をへの字にして悩んだ。そして、
「分かりました。行って来ます」
と小さく頷いた。
「サンキュー、助かるぜ。今井屋のどらやき詰め合わせを用意するから夕方までに行って来てくれ」
「分かりました」
「いやー、助かった。さすが瀬川だな。ありがとう」
広志の肩をポンポンと叩く伊藤。帰りながら寄って行こうと予定を組んだ広志だった。しかし伊藤の目を見てあえて渋ったのは広志の芝居だった。伊藤の僅かな不審な表情を見逃すまいとして、やった行動だった。しかしそれとおぼしき表情も無かったというのが広志の答えだった。
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