エピローグ

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 広志は独身寮で綾からの手紙を無表情に読み返していた。部屋は広志なりにキレイに整理していた。しかしタオルだけはテーブルの上に何枚か重ねて畳んである。あの時、すぐにその場でタオルを手に取れて応急処置ができた。それがずっと広志の中に残っていたからだった。  福岡工場に転勤して2カ月あまりが過ぎた。季節は冬の移ろいを見せているが、温かい九州の冬は過ごし易そうだ。休日の今日、広志はどこにも出掛けずに机の上に並んだ綾からの手紙を眺めている。10数通はあるだろうか、その便箋の山から別の物を一つを手に取り同じように読み始めた。 『ヒロ君へ  どうですか? 福岡での生活は。私は会社では滝沢さんや美紀さんと楽しく過ごしていますよ。この間も食事に出掛けました。みんなヒロ君を心配してくれています。カラオケも行っていますよ。私はいつも同じ曲(笑)  実は私、結婚後の物件を探したりしているんです。ヒロ君は吉祥寺はいいと思う? 私はあの街が好きなんです。だからいくつか物件がまとまったらその情報をヒロ君に送ります。私だけで決めたらいけないと思うから。だって子供と過ごす広さがいいのか、二人の広さがいいのかで家賃は全然変わって来るもんね。  新潟の両親はヒロ君をすごくいい人だねってべた褒めなんです。私から提案なんだけど、年末年始の休暇にヒロ君を新潟の実家に招待したいのですが、その時はこっちに帰って来られるよね? 2泊3日くらいでどうですか? または山梨のヒロ君の実家に挨拶を兼ねて行けたらいいなぁと思います。どっちがいいか考えておいて下さいね。  それでは今日はこの辺で。私はラインよりお手紙の方が気持ちがこもっていて好きなんです。面倒臭がりのヒロ君のことだからお返事を書くことはないかな? それでもお仕事の合間に少しずつでも近況報告を書き留めてくれたら、だんだんそれはお手紙になってくると思うから、ぜひやってみて下さいな。期待をしないで待っています。でもラインでもいいよ(笑)  それでは、さようなら。 綾』  虚ろな目でその手紙を眺める広志。手紙の山をガサガサとすると適当に別の手紙を広げて目を落とす。
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