4・不審な影

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 自転車に乗って帰りの道中、広志は誰か友人の部屋に泊まり込めないかを考えていた。そしてこの先もこれが続くようなら引越しを考えた方がいいとも思っていた。しかし犯人を特定しない事には引越しをしたところでまたそれが始まる可能性がある。引越しの意味が無くなってしまう。ここを気に入っていただけに、そんな理由で手間を取ることにも憤りを感じていた。 (滝沢は実家の八王子からの通勤だしなぁ。学生時代の友達でこの近くに住んでいる奴はいないしなぁ・・・)  などと考えながらアパートに近付いてきた午後8時過ぎ。 (そうだ、住民に気が付かれないようにリンゴを片付けておかなきゃ)  とアパート階段の方に目をやると人影が見えた。 「ん?」  ブレーキを掛けて減速する広志。その影は階段の下から2階を見上げている。よく見ると濃い色の春物コートを羽織った女だと確認できた。 (ハッ! まさか!)  広志は静かに自転車から降りると建物の陰に隠れて、その女を注視した。住民では無いと直ぐに分かった。  女は足元のリンゴの屑を見た。そしてそれを跨ぐと再び階段を見上げる。上ろうか躊躇しているように見える。  広志は手で自転車を押しながら近付いて行った。そして女の視界から死角に入ると、じっとその様子を見ていた。女の手は何か箱を持っている。 (メルムか? また何かを置きに来たのか?)  女は階段を上り始めた。一気に広志の緊張が高まる。静かに移動を始めた。 (どうしたらいいんだ? 奴だったら話し掛けてみるべきなのか?)  思わぬ展開に思考が追い付かなかった。その広志の様子を怪訝な顔をして見ながら近所の住民らしき男が通り過ぎた。ペコリとする広志。誰だかは知らない初老の男だ。  女は2階の通路を歩いている。ドアを2カ所通り過ぎ、やはり広志の部屋を目指していた。 (うあっ、来た!)  その様子を外から見ている自分に変な気持ちがした。何も考える余裕など無かったが、張り込みをしていた刑事が犯人の姿を捕えた時は、こんな気持ちだろうなどと一瞬思った。  女はキッチンの灯りが消えていることから広志が留守なのを確認した様子だ。諦めて引き返そうしているところだった。ドアベルは押していないようだ。手に持った箱も下に置いていない。持ったままだ。
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