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「姉さん、ちょっとこちらへ出て来られない? 手伝ってほしいことが」
「不可能よ」
「心配いらないの、移動手段ならこちらで用意するから」
と、雷鳴が轟いて稲妻が屋根を突き破って降ってくる。稲光はそこに現れた姿で凍り、純金の階段になった。シャンデリアに代わって女や部屋の内部を照らし出す。女の顔も、ベルベットの絨緞の房飾りも、艶出し加工の置き時計もてらてらしている。
「行くわ」
女は電話をぱっと放して、煙がないので口笛を吹く。カーテンの裾に少年たちへのメッセージを記すと稲妻を上り始める。段と段の間が広いので半ば坂のような道をリズミカルに、すぐに天井から頭が飛び出る。上の階も上の上の階も素通りして、五階建てに塔付きの屋敷を抜けた。頭上に濃紺の曇り空が重たくのしかかって細首が折れそう、ともかく電話の糸と雷とが向かっている一群れの雲を目指す。
自身の巣も貢ぎたい相手も消えてなくなった少年は、芳しい香りに惑わされ、手折った花を食んでいた。雷が落ちたのはそんな時である。彼は静かに顔の向きを変え、音のした方を見遣った。一度見失った時からあの屋敷は自分ともう全く関わりのない場所だと判断したので、建物に刺さったまま留まっている閃光から身を隠すように、頬張った花弁を咀嚼しながら茂みに消えていった。
雲は見た目より遥かに高みにあり、女は五分ほど歩いた頃にはピンヒールを脱ぎ捨てていた。靴はカラコロ鳴りながら落下していった。それより二、三歩後、足を包んでいた薄いストッキングは爪に引っ掛かって破れくるぶしまで開いた。舌打ちをして愚痴る。風が使えないってなんて不便なの。背中にいたはずの風たちはことごとく消え失せ、その所在を探る力も残っていないのだった。
足の痛みに耐え半分も来た頃、上ばかり見ていたので首が痛くて回しがてら地上を見下ろした。随分と斜めに上ってきたから、ばらとココアの屋敷はかなり体を捻らないと視界に入らない位置にある。それで夜明けの大地は一面の砂漠、白んだ砂がひかえめに煌めいて、ぽつぽつと樹木やコンクリートのビルが建っている。
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