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落ちていく女の隣で、髪の生え際まで真っ赤にした老婆が必死に天へ手を差し出していた。あんたのせいだ、呪ってやる恨んでやる、悪い予感はしてたんだ、領主さまを馬鹿にして、この罰当たり、あたしまでとばっちりだよ! 落下速度より速く口を動かして罵倒する。罵詈雑言は音が消えると文字になって織物を形成し、毒づく老婆とテントを受け止めふわふわどこかへ流れて行った。
残された女は落ちながら髪をほどいたことを後悔していた。風を孕んで膨らむ髪は視界を遮り、最後の一声はこうだ。
「あのばら、私にくれるはずだったのに」
雲に乗って下りて来た妹が、死骸の傍らにしゃがみ込む。
「馬鹿ねえ、自分から印を手放すなんて。保険の爪もぼろぼろじゃあね」
笑う彼女の首では青い石のペンダントトップが揺れている。包装を雑にはがしてお菓子をつまむ爪も青く、そもそも服や帽子も青いのだった。
「おかげで引っ越し作業を一人でやらなきゃいけなくなったじゃない」
まんじゅうを齧りながらぼやいているところに煙の蛇が通りかかった。長いこと気ままな旅をしてきたさすらいの蛇はどうしてか彼女へ這い寄り、彼女はそれを腕に巻き付けた。荷造りを手伝うことを条件として飼うことに決めたのだ。「帰ったら契約書にサインを」と囁きかけている。
連れ立った少年たちは、後方で起こったことを知ることなく歩き続けている。ばらと風がそれに続き、白い地平に線を引く。ココア缶を抱えた少女はうとうとと、脚立の上で絶妙なバランスを保っている。
気温の急激に上がり始めた砂漠には女の亡骸が埋もれている。
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