不正受給

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不正受給

 あの家のおばあさんをもう長いこと見かけない。  でも葬式をしたという話も聞かない。  もしや死体を放置して、年金を不正受給しているのではないだろうか。  そういった匿名通報を受け、俺は件の家に向かった。  訪ねると、俺よりかなり年上そうな…もう六十は超えているだろうその家の『息子』が俺を出迎えた。  といっても玄関先に出てきただけで、ろくに口を利く様子もない。  訪問前に少しこの家のことを調べたら、この『息子』は学生時代登校拒否になってからずっと、家に引きこもっているらしい。  父親はとうに亡くなっているから、母親が死んでもまともに行動することができず、良し悪しも判らぬままずるずると、振り込まれる年金で生活をしている、といったところだろうか。  年金の不正受給はもちろん犯罪だし、死亡届の手続きや葬式の出し方が判らないという理由だとしても、死体の遺棄も犯罪だ。それに、罪を罪と認めさせる以上に、亡くなっているのだとしたらそのご遺体を弔ってあげないと。  色々尋ねるが、外の人間とまともに会話をしたことがないようで、『息子』は俺の質問におろおろするばかりだ。  この状態では、死体もどこかに運び出されたとかではなく、家の中に放置されたままでいる可能性がある。腐臭などはしないが、昨今、外に出なくてもネットなどを利用すれば、多少の隠蔽工作をする知恵や道具は得られるだろう。  そう思い、家に上がらせてもらおうと思ったところへ、奥から一人の老婦人が姿を現した。 「あらまあお客さんですか」  小柄な老婦人の姿に、俺は呆然と立ち尽くした。  何だ。いるじゃないか。 「何が御用ですか?」  問いに、最近あなたを見ないとご近所で噂が立っている。もしや病気や怪我ではと、役所を代表して様子を見に来たと伝えたら、老婦人は申し訳なさそうな顔をした。 「風邪をこじらせて臥せってたんですよ。何しろ年ですから。一度弱ると長引いてしまって」  それは確かによくある話だ。通報にあった長いこと姿を見かけないという話も、臥せっていたなら納得できる。  とにもかくにも老婦人は生きていた。年金の不正受給はなかった。
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