不正受給

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 お大事にと告げ、家を後にする。その直後、胸元に差していたペンがないことに気がついた。 「すみません。今、部屋に……」  引き返した玄関先で言葉に詰まる。  さっきまでは微塵も感じなかった悪臭が家の中を満たしていた。  この数瞬の間にいったい何があったのか。  慌てて先刻通された部屋に上がり込むと、そこには目を疑うような光景があった。  死後何日経っているのか判らない。そんな様子の死体が布団の上に転がっている。  背格好からして先程の老婦人と思われる死体。でも確かについさっき、俺はこの老婦人と会話をした筈だ。  混乱する俺の視線の先で死体の目が開いた。あまりのことにますます固まってしまった俺に、今度は口が開き、ぼそぼそと何かを訴えてくる。 「ああ、やり過ごせなかった。生きていることにしておけば、あの子は私の年金で暮らしていけた。でも、もうダメ。あなたにばれた。  あんなふうでも私にはかわいい我が子。親の責任で、死ぬまで面倒をみてやりたかった。けれどそれももう終わり…」  そうつぶやいた後、死体は目と口を閉ざした。  その後はとにもかくにも慌ただしかった。  警察やら何やらに電話を入れ、俺はその場で老婦人の亡骸を見守っていた。その間、二階に引っ込んだ『息子』は決して降りてこず、やがてやって来た警察に、事情聴取のために連行されていく際も、母親の遺体を気にかける様子はなかった。  長い引きこもり生活で社会性が身についてないとしても、母親の死と亡骸を放置していたことがばれ、警察に連れて行かれる際に、ああまで無感情でいられるものなんだろうか。  あれじゃ確かに親は死にきれない。世間に悪いと思っても、生死さえごまかして、そう育ててしまった『息子』の面倒を見続けなければと、思いつめてしまうのも理解できる。  でも、もう終わりですよ。総ては明るみに出ました。大した罪には問われないでしょうけれど、息子さんは今まで通りの暮らしを続けることはもうできません。でも本当は、それが息子さんのために一番なることだから、どうか心を残さずに、安らかに眠って下さい。  家を離れる間際、心の中でそうつぶやき、深く家に向かってお辞儀をした。  それに、誰かの気配がうなずいたように感じたのは、少しでもこのいたたまれない気持ちに救いが欲しいと願った俺の、気のせいだったかもしれない。 不正受給…完 
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