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初めて聞く単語であった。男は札を持ち上げる。その小さな絵に何か感じ入ることがあったのか、見つめたまま動かない。
「あ、あの?」
「女、お前の夫は」
「天津部に仕えていたと聞いております。何をやっていたのか、最期まで言ってはくださりませんでしたが」
「そうか」
男の返事は短かった。だが興味を持たなかったわけではないことは、顔を見れば瞭然である。苦しげなしわが寄り、目じりに水が盛り上がっていた。
泣いている?と瑞穂は目を疑った。傲岸不遜、何が起ころうが巌のように変わりないと思えた男の、胸に渦巻く嵐が察せられる。変わった人だ、と呆れともつかない感想を抱く。得体のしれない恐ろしさは少し和らいでいた。
こん、となにか固いものが土の器を打った。下を見ると水が零れている。しかし容器は空であり、周りに水気は無いはずだった。
土の色を透していた水が、瞬時に固化、白濁する。もう水ではない。氷、氷柱だ。
「下がれ!」
水瓶が縮小する。否、首根っこを捕らえられて引っこ抜かれた。氷柱が膨らむ。水晶のように六方へ広がると、樹木のような氷の枝葉は鋭刃に化けた。
粗末な住まいは音も無く細断される。爆心地から膨れ上がる氷樹は勢い止まずに辺り一面を薙ぎ払った。
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