一話 米と共に落ちぬ

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 海は石筍が林立する空き地を走り抜け、三重の結界を臣民階級の権限で通ったあと、瑞穂の家が百は入りそうな大鳥居をくぐった先の洞窟の中にある。そこら中に滑りやすい段差があったが、よほど運動神経がいいのか、下も見ずに緑青色の鳥居へと最短距離で走っていった。  深い穴だった。螺旋階段が壁沿いに付けられているはずだったが、遠目でようやく曲がっていることがわかる。下を覗けばゆるやかにとぐろを巻く階段がぼんやりと浮かんで、この空間が曲率に気づかない規模の円筒であることを告げていた。  階段の手すりから先は、果ての窺えない断崖の奈落。そして地の底の終点から空の極限に至るまで、海は屹立していた。  海の頂上は遥かに霞み、ぼんやりとした明かりが、その果てに神の国があることを教えてくれる。海と断崖を区切る透明な壁が岩肌に沿って回り、奥の奥で一体となっていることから、これが円筒状の超巨大な水槽であることが分かった。  瑞穂の視線の通過を助けるように、長大なクラゲが蒼くまたたき、波打ちながら浮き、沈んでいく。その光が映し出すのは青黒い壁、のような目の無い鯨だ。瑞穂にはない感覚で何かを捉えると、沈降が加速し、鼻のあたりまで裂けた口で獲物を掴み取る。  その樽のような図体に幾本もの触手が絡み、抵抗をみせる。だが鯨の厚い皮膚と脂肪はその万力のような締め上げを神経にまで届かせない。魁偉なる哺乳動物は、触腕を踊り食いながら光差す方へと昇っていった。  瑞穂はそれをぼうっと見つめる。今度は甲冑のような鱗をまとった怪魚が泳いでくる。彼女の住む世界と分厚い隔壁で分かたれた、もう一つの現実。浮世の憂さを晴らすために、彼女はよくここに来ていた。     
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