一話 米と共に落ちぬ

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 鋳物の手すりに、まだ手は届かない。大人の男が万が一にも落ちない高さである。柵の隙間から下を眺めると、数十m下に同じような通路。無限に続きそうな螺旋階段が、あるかも分からない地の底へと伸びていた。  上と下、前に泳ぐ海棲の生命たちをしばらく眺めて、正確な体内時計が小半時の経過を告げる。時間だ。瑞穂は立ち上がると早足に通路を回る。別の口から出た方が近道だった。      その広場は瑞穂の知る中で海の次に広い空間だった。近所で並ぶ者の無いかけっこの王者である彼女でも、端から端まで、全力で走って半刻はかかる。それほどの面積が無ければ、これから下される配給を納めておけない。  しめ縄の張られた、周囲数里に及ぶ円形の石皿。その外縁には町中から人が集っていた。ある者は飢えから逃れるために、またある者は財産をより積み上げるために。いずれにせよ、この時こそが根の国の住人にとって月に一度のハレの日であることに違いはない。  広場の反対側、すなわち巨大な岩壁を背にした区画には、一筋の線が引いてある。上に行くにしたがって細くなる、白い直線。斜めから眺めれば、それが白墨で書いたものではなく、天上へと伸びる階段であると分かる。材質の見当もつかない柱に支えられ、岩壁に食い込んで、針先ほどに小さい神の国高天原(たかまがはら)へと通じる道。     
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