一話 米と共に落ちぬ

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 神使は、暗視に優れた瑞穂がやっと視認できるところまで来ていた。顔は布に覆われ、握る杖の先に頭ほどの青銅の鐘を釣っている。しゃぁん、と鼻の奥まで洗う音が響いてくる。後ろに二人控えているのが分かる距離になった。  血の気の多いものは、今にも駆けだしそうになる足を抑えることに集中している。命じられるまで広場に入るのは禁じられていたし、第一危険なのは誰もが知っていた。  神使は急がない。ただ怠けもしない。一歩一歩、上体を微動だにしない足取りで降りてくる。  十万に届こうかという群衆は、墳墓に並べられた素焼きの像のように、紐で編まれた履物が終端に着くまでを待望していた。  鐘の鳴を幾度聞いたか。時が止まったような静けさの中、遂に神使と群衆の位置が等高で結ばれた。もっとも神使が六尺ほど高い場所にいるのだが、そんな微細な差を見分けられるものはいない。  鐘の最後の独唱が終わり、完全な静寂。神使の上体がわずかに揺れたと判じられた。 「これより(じき)を下す」  数秒後に音が届く。人の声量でここまでくるのか、などという疑問は瑞穂には無かった。そういうものだと、昔から知っていたからである。    そして空が割れた。     
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