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白い、真っ白い洪水が岩の天を破り、広場に降り注ぐ。米。小山のような白米の渦が落ちてきた。ヤクモのようだ、とこの光景を呼び表すそうだが、ヤクモとは一体何なのか、瑞穂は知らない。彼女の母も、この区域で一番の年寄りも知らなかった。
どれだけの量なのか測りとる術も思いつかないが、広場が空っぽになるころには誰も飢え死にしないだけの米が残ることは、根の国の住人達の常識である。その采配は神々への畏敬を月ごとに呼び起こすのだ。
米の反射で群衆の横顔がはっきりと映えた時には、もう全員が走り始めていた。瑞穂も走る。だが、大人にも負けない健脚を持つ少女は、その時に限って歩調を緩めていた。
瑞穂は目が良い。特に暗視能力は才能といってもよかった。だから見えた。何気なく眺めていた白米の濁流、その半ばあたりの隅に、岩のものではない影。
細長い。くるくる回りながら落ちていく。角度によって形が変わり、時々五つに枝分かれしているようにも。
「……ひと?」
競争の波にもまれながら、少しずつ本流から離れる。見えたものが人間なら、かなり距離があるはず。目の前に食料の山があるのに、わざわざそこまで足を運ぶ者はいない。
もみくちゃにされていたのが、一人二人ぶつかるだけになり、やがて誰もいなくなった。白い小山に蟻のように取り付く人々を尻目に、息を弾ませながらたどり着く。
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