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雨の日の殺人鬼
泣き出してしまうともうまともに言葉を話せない。必死に首を横に振りながら違います、ごめんなさいと謝罪の言葉だけを紡ぐ。
「おい! 私が家に居る間はこいつに無駄な声をあげさせるな! 何故ちゃんと躾とかないんだ! 本当にこいつは言葉が通じてるのか?」
父はいつも僕にこうやって接した。お前には人より優れた才能がない。どうしようもない馬鹿だから何もできない。今に取り返しのつかない失敗をするといわれ続けてきた。そんなことはない、努力すればできると信じて頑張って来た。
試験があった。難しいものだった。それでも準備して勉強して、周りからは絶対に受かると言われた。試験の当日、頭が真っ白になった。文章が読み取れない。アルファベットの一つ一つが歪んで生き物みたいにキーキー喚いてこちらを嘲笑ってるように見えた。何一つできないまま、試験時間いっぱい、筆記用具で手首を引っ掻き続けた。試験結果が出ると父親に罵られた
そんな父親は僕が高校生になる頃に死んだ。最期のお別れをしてあげて、と涙する母親は遠い存在のように感じた。物言わぬ死体となった父親は思ってたよりもずっとずっと小さかった。
「家を出るなんて、そんな寂しいこと言わないで。大学なんていいじゃない。ね、お母さんと一緒に暮らしましょう。お父さんもいないし、寂しいわ」
「いい大学に行けって言ってたじゃないか……」
「それは父さんでしょ。ほら、父さんは厳しかったから。私はいいのよ別に。それより一人暮らしなんて、ね、やめてよ」
まとわりつく手を振り払わなければいけないということは分かった。振り払って先に進んで、その先はどうしたらよかったんだろうか。
語り終えても涙が止まらなかった。
「忘れたいのに忘れられないんです。過去にとらわれるのは愚かだって分かってるのに。許さなくてはいけないのに。血のつながった家族なのに愛することができないんです」
どうしたら忘れることができるんだろうか。許すことができるんだろうか。
泣きじゃくる僕に彼はよく頑張ったとそれだけいった。
じくりと胸が熱くなる。誰かに認めてもらえたのははじめてだった。
「とても辛かったでしょう。よく試練を乗り越えましたね。これからは神様のご加護がたくさんあるから……」
シスターは今にも泣きだしそうな顔でそう言って僕を抱きしめた。とても暖かくてまた涙が出た。
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