雨の日の殺人鬼

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雨の日の殺人鬼

 神父様は何もない日に時々ふらりとどこかへいく。なんとなく聞いてはいけない気がして聞いたことはなかった。 「こうも風が強い日が続くと心配になるなぁ」 「小屋がです?」 「そのとおり」  シスターと彼がそんな話をしているのを聞いてなんとなく問いかけた。なんてことない話だった。彼はこの近くの森の奥に小屋を建てたらしい。そこに時々行っているだけの話だと。 「今度君もおいでよ」  そう誘われた。何も予定がない日に彼についていけば森の奥にシンプルな作りの小屋があった。風で外れた板を付け直す彼の許可を得てから中に入る。 「何もないだろう」  湿った木の匂い。小屋の中にはそれ以外何もなかった。 「ある時はあるんだよ。レジャーシートと、チーズとワインとパンなんかがね。それでごろんと横たわって……」  彼が目を伏せる。  湿った板の上に寝転んだ彼は何も言わない。ただゆったりと上下する胸が生きてると告げてる。 「こうしていると私は何でもない。誰でもない。街の教会も神父も争いごとも神様もここには何もない」  目を開けた彼は天井の板の隙間をじっと見つめていた。 「時々、誰でもなくなる時間が欲しくなるんだ」  森の奥の小さな小屋。きっとここは彼の心の奥の奥の柔らかい部分なんだろう。 「俺も何でもなくなりたいです」 「おっと、君がなんだって? 何であるのかさっぱり分からないな」  彼の隣に寝そべると顔を見合わせて笑った。彼は、俺を信頼してくれてるんだろう。俺だって彼を信頼している。吸い込んだ空気はやっぱり湿った木の匂いがした。  彼にもどうしようもなく逃げたい時が、あるんだろう。  そしてここはそういう時に来る場所なんだろう。僕が踏み入れたここは、彼にとってとても大切な場所なんだろう。そんな場所に招かれた。その事実がとても嬉しかった。 「秘密基地みたいでした」 「はは、子供の頃、よくやったよ。庭のひまわりを潰して、空間を作って、兄と秘密基地だって。バレたら怒られたけど」 「私も。袋を地面にたくさん敷いて寝転がったわ。虫に刺されて腫れたの覚えているもの」  二人の会話に笑った。彼はまた何もない日、槌を握ることもなく、あそこへ行くんだろうと思った。
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