65人が本棚に入れています
本棚に追加
桃子の部屋の売り文句の一つは、彼女の番組を観続けると霊的な現象に襲われる、というものだった。耕哉と雄介が入会したのも、SNS上で『彼女の番組を観てそういう体験をした』という書き込みに釣られてだった。そういった書き込みの内容は、部屋で幽霊に遭遇するというものが殆どで、肩を叩かれたとか窓から青白い顔が覗いていたとか、ベッドの下から青白い手が伸びてきたとか、馬鹿馬鹿しくも、一人でいると結構クルものが多かった。耕哉の部屋はそこそこ広く、本棚にベッド、開閉式のクローゼットと怪談には欠かせない物が一通り揃っているのだ。それ故、耕哉は密かに神社で買ったお守りを机の中に忍ばせておいていたりする。
凄く怖い思いはしたくない。でもちょっとだけ、見て見たい。
そんな彼の思いは、今半分だけ実現しつつあった。
雄介の問いに応えようと口を開いた瞬間、動画の撮影者は立ち上がった。カメラが揺れ、赤茶けた地面から視線が上がり、左に揺れて後ろを伺う。
刹那――
「おい、今さ……」
スマートフォンを耳に当てたまま、耕哉は絶句した。
「ん? なに、遂に部屋に幽霊が出たか、はは」
「いやあ、見なかったか? 今、桃子さんの後ろの坂の下がちらっと映ったじゃん。そこに、なんかいたぞ……真っ黒いでかいのが……」
何かが居た。確実に居た。
すでに陽が沈み、辺りは赤から薄紫へ変わりつつある。その中に真っ黒な何かが見えた。
「うーん、俺は気がつかなかったな。あれじゃね、地面とかに開いた穴とか」
「いや、そういうのじゃなくて……もっと、こう立体的な――」
耕哉は自分の声が僅かに震えている事に気がついた。
まさか――ついに――キタのか!?
そんな耕哉の心中を察したのか、雄介は不満の声をあげた。
「んだよ、俺だけ置いてけぼりかよ! くそっ、また後ろ向いてくれないかな!」
「いや、それは――」
耕哉は最後まで言葉を発せなかった。
最初のコメントを投稿しよう!