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終電間近の帰り道の足取りは重い、営業部長はとても話がわかる人なのだろう、島崎をリーダーとしてちゃんと扱ってくれている。
改札を抜けて、駅のホームで空腹を感じながらスマホを開こうと、内ポケットに手を伸ばそうとした瞬間、一人の男が声をかけてきた。
「こんばんは、ずいぶんとお疲れのようですね」
こんな遅い時間にもかかわらず、スーツにはシワ一つ入っていない。ガッチリと固められた黒髪はまさに朝一のサラリーマンのようだった。
「すみませんが......」
記憶を辿り目の前の人を思い出そうとするが、到底無駄なことだった。このような人は会ったことがなければ見たこともない。
「申し遅れました、私、こういうものです」
渡された名刺は、不自然さしか感じない。
性格屋
新道 譲
「せ、性格屋?」
「はい、違う性格。今とは違う新しい自分が欲しいと思いませんか?」
これは何かのセールスだろう、胡散臭い物を売りつけられる前に断っておこう、先手必勝だ。
「あぁ、すみませんが、間に合ってますので」
新道は驚いた顔で俺を見た。
「さ、左様でございますか? 間に合っておられる......」
「はい、うちはそんなに余裕無いので、毎日の缶コーヒーでさえ、買うかどうか迷うくらいですから」
「あぁ、お代は......」
ニヤニヤと笑う新道を横目にタイミングよく来てくれた電車に飛び乗った。彼は終始頭を下げたままだった、人目もはばからず気持ち悪い、ただその印象だけが残った。
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