第6章 わたしは何を恐れているの?

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名前だけは知っている認知行動療法の解説が続く。 「パブロフの犬の実験はわかるよね?犬に餌を与える前にいつもベルを鳴らすと、 いつのまにかベルを鳴らしただけで犬はごちそうをもらえると思って、唾液をだすようになる。これは、犬がベルの音を聞くと餌をもらえると学習したってコト。 陽子は軽蔑されるのが怖いんだよね? 前田君のことを考えると思考が止まるからちょっと横に置いておいて、誰かに軽蔑されたトラウマがあるはずなのよ。最初にできたものは何かわかる?よくあるのは子供の頃の親との関りだけど。」 それならすぐに答えられる、と思って 「お父さんに軽蔑されたことだと思う。すごく厳しい人だったから。」 「お父さんか……。学校の先生だもんね。子供のしつけに厳しいわけだ。じゃあ何をしてお父さんに軽蔑されてその後何が起きたか思い出せる?」 「中学の時、髪を染めたの。真っ黒が嫌で。みんなオシャレで染めていたし悪いことだと思わなかったんだけど、お父さん、わたしの髪を見てわたしを初めて殴って『お前は俺の娘じゃない!出て行け!』って言われたの。」 「なるほどねー。陽子の今の一番の恐怖が 『前田君に軽蔑されて別れるのが怖い』はこのこととつながっているね。『軽蔑されると別れる』のは本来は全く関係ない二つの事柄を関連付けてる誤った学習がされちゃったのよ。 認知行動療法は、誤った学習を少しずつ直していく治療法だよ。 さっきの犬の例で考えてみるね。 ベルを鳴らすと唾液がでるようになった犬を、ベルを鳴らしても唾液をださなくするには、 ベルを鳴らしても餌を与えないことをくり返せば、犬はベルの音に反応せずに唾液を流すことはなくなる。 これを『条件反射が消去された』という。 陽子も、条件反射を消去すれば恐怖感がなくなるの。 そのためには恐怖感の軽い場面から恐怖感の強い場面へ段階的に、恐怖感を取り除いていく必要があるのよ。」 真奈美はそう言って、カバンからノートとペンを取り出して、本格的なカウンセリングになってきた。
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