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「ある日、お父さんがお母さんの病室に来てね・・・突然涙を流してさ。」
「え・・・。」
「しばらく声を出して泣くから、お母さんもビックリしちゃってねぇ。・・・そしたらお父さんが言ったんだ。『ユリは良い子だ』って。」
「・・・・・。」
「ユリちゃん、お父さんに言ったらしいね。・・・『お父さん、お家の中のことはお兄ちゃんとユリで頑張ってやるから、何も心配しなくていいよ。だからお父さんはお母さんにやってあげられることを、全部やってあげて。ユリのお世話はいらないよ。』って・・・。」
「・・・・・。」
「まだ小学生のユリちゃんが、そんなことを言ってくれたって、お父さん泣いてた。」
「・・・うん。」
「ユリちゃんは本当は寂しかったでしょ?よく泣きはらした顔でいること、お父さんは気にしてたから・・・だからよけいに、そんな大人みたいなことを言ってくれたユリちゃんが嬉しかったんだね。」
「・・・・・。」
「あの時だけだな、お父さんが泣いたのは。・・・お母さんの病気がわかったときも、冷静でいたお父さんだったのにさぁ。」
「・・・そう・・・だったの・・・。」
母は目頭を少し押さえると、「そんなこともあったわ」とグレープフルーツを手にとった。
母の前でだけ見せた、父の涙。
それを聞いてしまった後ろめたさと、私の寂しさを悟られてしまっていた歯痒さと、父の愛情を知った嬉しさと・・・
入り交じった感情が、心の中に生まれた。
普段、口数の少ない父
でも私を、ちゃんと見ていてくれた父・・・
私が幸せになること
それが親孝行だと、思った。
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